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話せたら世界がひろがる

火曜日, 9月 5th, 2000

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今月、さいきんおきたけいけんについてお話したいです。

せんしゅう、フェリーでビクトリアからバンクーバーまでのりました。
いつもフェリーに乗ると、なかなかすることがなく、すこしつまらないです。
だから日本語を勉強することを、きめました。私はしずかなところにすわり
テキストやノートなどをバックからとりました。

そのとき、たくさんの人々が私のまわりに座りはじめました。
私はそのひとたちは、りょこう者で、すごくうるさくなるとおもいました。
私はそのとき、白人は私ひとりだと気づきました。

べつにいいけれども、たくさんのアジア人は私のことを気にしていました。
後で、かれらがタイワン人だと気づいたときに私はすごくがっかりしました。
べつに国籍(こくせき)はかんけいないけれども、もし日本人のりょこう者
だったら、日本語を聞くきかいがあったのに、と思いました。
とにかく、テキストを電子辞書(でんしじしょ)で勉強をはじめました。

次第(しだい)に、わたしのとなりに座っていた老人(ろうじん)は、私が何を
読んでいるのか興味をもってみるようになりました。たぶん私が漢字を読んで
いたので、すこしびっくりしたんだとおもいます。その老人は時間がたつにつれ
ますます私が読んでいた本に興味をもつようになりました。。
やがて彼は身を乗り出しながら私の本をじろじろ見ました。

私はこの状態(じょうたい)はおもしろいと思って彼に
「Can you read thers Chinese characters?」と聞きました。
彼はただ「日本語」といってすらすら私のテキストを読みはじめました。
「すごい!日本語、知っていますね!」と言いました。
「ええ、でも60年前に習ったので少しわすれました」と返事をしました。
「どこで習いましたか?」
「タイワンで。日本語は私のせんもんです」といいました。

この時に、私たちのまわりにすわっている人々は、とても静かになりました。
かれらは、わたしたちの会話を聞いていたようですが、もちろん彼らは
日本語をぜんぜん話すことができませんでした。その老人はとてもやさしく
私たちは日本といろいろな話題について話し合いました。

彼と話をするのがすごくおもしろかったので、フェリーがついたときに
すこしさびしくなりました。英語がぜんぜん話せなかった台湾(たいわん)人
と日本語で話すのはすごくたのしかったです。

もし、私は日本語がわからなかったら、彼と話すきかいがありませんでした。
ほかの言葉を勉強するということは、人との交流(こうりゅう)をつなぐ価値
(かち)のあるツールだと、この経験(けいけん)から学びました。
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